なぜ戌の日に安産祈願?犬の出産について
安産祈願の風習:戌の日
こんにちは、横須賀市にある「つだ動物病院」院長の津田航です。
日本には、古くから「帯祝い」という安産祈願の風習があります。妊婦さんは、腹部の保温や保護、また胎児が正常な位置を維持できるように、腹帯を巻きます。この妊婦さんが使う腹帯を岩田帯と呼び、一般的には妊娠5ヶ月目に入った最初の戌の日に、神社またはお寺で安産祈願の祈祷を受けて巻き始めます。これが、帯祝いです。
地方によっては、3ヶ月目であったり7ヶ月目であったりするようです。また以前はさらし木綿でできた腹帯を巻くのが一般的でしたが、今はゴムを織り込んだものや、コルセット風のものなど、妊娠しても働き続ける妊婦さんに合わせたものが、よく用いられているようです。
子(ね)から始まり亥(い)で終わる十二支というと、年に割り当てられた干支を思い浮かべると思いますが、日にも割り当てられています。そのため、戌の日は12日に1回巡ってきます。例えば2023年7月の戌の日は3日(月曜:友引)と15日(土曜:友引)と27日(木曜:先負)の3回で、8月の戌の日は8日(火曜:先負)と20日(日曜:大安)の2回です。このように、1ヶ月に2〜3回は戌の日になります。
帯祝いを戌の日に行う由来は、「犬は多産であるにも関わらずお産が軽いため、安産の守り神として昔から親しまれてきたからだ」といわれています。しかし本当に、犬は皆安産なのでしょうか。今回は犬の出産について、交配から分娩までの流れやリスクなどについてお話しします。
発情から妊娠の確認まで
<発情>
メスは生後7〜11ヶ月程度で最初の発情を迎え、その後は6〜10ヵ月に1度程度の周期で発情します。オスも生後7〜8ヶ月程度で性成熟し、生殖可能な体になります。ただし周期的に発情するのはメスだけです。
メスが発情するとソワソワと落ち着きがなくなりますが、もっと分かりやすいのが外陰部の変化です。尻尾をめくりあげてメスのお尻を見ると、上にうんちを出す肛門が、下におしっこを出す穴があります。このおしっこを出す穴は、奥に行くと2つに分かれ、片方は膀胱に、もう片方は子宮につながっています。この穴が外陰部で、発情すると誰にでもはっきりわかるほど赤く大きく腫れ上がり、やがて出血し、2〜3週間程経つと、元に戻ります。
<交配>
オスは身近にいる発情したメスのニオイに触発されて、交配しようとメスを追いかけ回し、受け入れられると交配できます。ただし、自然任せだと子犬の数が増えすぎたり、何回発情を迎えても子犬が生まれなかったりしてしまいます。
そこで、発情出血してからの日数を目安に、交配に適した時期や分娩日の予測を行います。例えば発情出血してから1週間ほどした頃に、外陰部を刺激して尻尾をピンと立てたら交配のタイミングが来ているサインです。受胎率の高いタイミングで交配させたい飼い主様は、事前にご相談ください。
<妊娠の確認>
犬が交配してから分娩するまでの妊娠期間は58〜65日ですが、母犬のお腹が大きくなり、外見で妊娠がわかるのは妊娠期間の後半になってからです。妊娠検査は妊娠25〜35日で診断できるようになり、腹部への触診で行います。できるだけ早く確認し、しっかりと母体管理を行い、分娩に向けての準備を進めましょう。
妊娠期間中
<妊娠期間中の母犬の変化>
妊娠10〜20日:食事の好みが変わったり嘔吐がみられたりします。
妊娠30〜40日:お乳が張り、食欲や体重が増加してきます。
妊娠50日目頃:お腹の張りが目立ち胎動も確認できます。お乳が出る場合もあります。
出産2〜3日前:静かで落ち着ける場所を探し、床を掻くような巣作り行動を始めます。
分娩24時間前:普段良く食べる子が急にご飯を食べなくなると、24時間以内に分娩が始まるサインです。
分娩6〜18時間前:体温が普段より2〜3℃程下がります。予定日の約1週間前から毎日体温を測ることで、タイミングを予測できます。
<妊娠期間中の検査>
妊娠28日以降になると、超音波検査で胎子の心拍動がわかるため、生死を確認できます。
妊娠45日以降になると、胎子の骨がしっかりするので、X線検査で正確な胎子の数や胎位などが分かります。産道の広さと頭の大きさなどから、難産リスクの有無も予測できます。
ただし、X線検査は胎子への影響を考慮して、妊娠55日目前後に1回のみ実施とするのが推奨です。
<妊娠中の栄養管理>
妊娠中の栄養不足は胎子の発育に障害を与え、栄養過剰も肥満から陣痛を微弱にして難産となり、新生子の低酸素症や低血糖症の原因となります。
また妊娠中の葉酸不足は、新生子の口蓋裂の原因となります。カルシウムの過剰摂取は陣痛微弱や分娩後の低カルシウム血症や産褥子癇(さんじょくしかん:分娩後1〜4週間の間に起こりやすい妊娠中毒症で、けいれん発作や失神を起こす)の原因となります。
<妊娠中の薬物投与>
ほとんどの薬物は、胎盤を通過します。そのため、妊娠中や授乳中の母犬に対する薬物投与は、胎子や新生子に影響を及ぼす可能性があります。かかりつけの獣医師と相談をした上で、母犬への投薬は必要最小限に抑えるようにしてください。
<分娩に向けての準備>
母犬が安心して分娩できるように、静かで暗い場所に産床を作り、早めに慣れてもらいます。産床はサークルやダンボールなどで構いません。母犬が横になれる広さの確保と、新生子が外に這い出せないように壁を作ることがポイントです。
長毛種の場合は、陰部の毛を短くカットして血液や羊水による汚れを防ぎ、新生子が乳首を見つけやすいように乳房周りの毛もカットしておくと良いでしょう。
分娩当日までに下記を揃えておきましょう。
・電子式の体温計
・体重計(新生子用は1g単位で測れるもの)
・分娩直後の新生子を拭くための清潔なタオル複数枚
・へその緒を切るための糸
・消毒済みのハサミ
分娩およびリスク
<犬は必ずしも安産な動物ではありません>
冒頭でご紹介したように、犬は安産だといわれています。しかし度重なる品種改良により多種多様な犬種が作り出され、また現在の生活様式の影響もあり、遺伝的に難産が多い犬種や運動不足・肥満が原因で難産を起こしやすい犬が増えてきています。
異常分娩と呼ばれている中には、難産の他にも、予定日より早く分娩が起きる、予定日を過ぎても分娩が起こらない、新生子を分娩する間隔が長くなるといったことも含まれます。
<分娩の兆候>
分娩が近づくと、下記のような兆候が現れます。
・食欲低下
・巣作り行動
・ウロウロして落ち着きがなくなる
・浅く速い呼吸(パンティング)をする
・外陰部が赤く腫れ、透明な粘液が出ることもある
・頻尿
・体温の低下
<正常な分娩>
①陣痛が始まり、次第にリズミカルになってくる。
②1次破水して透明な胎水が出た後、新生子が生まれる。
③母犬は新生子を覆っている胎膜を破り(2次破水)、へその緒を噛み切る。
④母犬が新生子の背中を強く舐めて肺呼吸を促すと、新生子は鳴き声をあげる。
①〜④を、だいたい30〜60分間隔で胎子の数だけ繰り返します。
毎回新生子と一緒、または15分程度遅れて緑色の胎盤が出てきますが、胎子の数が多い場合は最後にまとめて出される場合もあります。
<分娩時のリスク>
自然に分娩できず、人が介助しなければならない状況を難産といいます。原因としては、産道に対して胎子が大きすぎて産道に降りてこられない、胎子の位置が正しくない、胎子が奇形である、母犬に陣痛が現れないまたは現れても非常に弱い、母犬の腹筋が弱くていきめないなど、胎子側の問題だったり母犬側の問題だったりいろいろです。
難産になった場合は、飼い主様が母犬の分娩を介助します。例えば新生子が鳴き声をあげない場合、飼い主様が新生子の肺呼吸を促さなければ新生子は死んでしまいます。
難産になりやすいのは腰が細くて頭が大きい犬種で、代表格のブルドッグは帝王切開でしか出産できません。同じ理由で、フレンチ・ブルドッグも帝王切開となることが多いです。
<動物病院に連絡すべき状況>
難産になりやすい犬種でも、基本的にはご自宅での自然分娩になります。しかし、下記のような状態が見られたら、すぐに動物病院に連絡してください。
・母犬がいきんでいるのに胎子が出ない
・頭が出た状態で止まったまま
・母犬が苦しそう
・まだ胎子が残っているのに、前の分娩から60分以上経っても次の子が出てこない
<分娩後のリスク>
帝王切開で出産すると胎子が産道を通らないため、母乳があまり出なくなったり母犬が育児をしなくなったりすることがあります。その場合は、飼い主様が子犬のお世話を全て行わなければなりません。そういった事態にも対応できるかどうかを検討した上で、繁殖計画を立てましょう。
ポイント
ポイント
・日本では、多産ながらお産が軽いため、犬は安産の守り神とされています。
・品種改良や現代の生活様式の影響で、難産となる犬も増えてきました。
・犬の出産は基本的には自宅での自然分娩となるため、分娩管理も飼い主様が行います。
・繁殖計画を立てる段階から、かかりつけの動物病院とよく相談しましょう。
・出産日の精度の高い予測や難産リスクなどを把握するために、妊娠中に超音波検査やX線検査を受けましょう。
・分娩中に胎子が出てこない、母犬が苦しそうなどの状態が見られたら、すぐに動物病院に連絡してください。
・ブルドッグは帝王切開でしか出産できません。
・母乳が出ない、母犬の育児放棄といったリスクも想定した上で、繁殖計画を立てましょう。