消化の仕組み〜人と犬と猫の違いや類似点〜
医食同源とは?
こんにちは、横須賀市にある「つだ動物病院」院長の津田航です。
医食同源という言葉をご存知でしょうか。辞書には「人間の生命を養い健康を維持するためには、薬も普段の食事も共に必要なもので、その源は同じであるという考え方」といったような説明が記載されています。
この言葉は中国の「薬食同源」という言葉を元にした造語だと言われています。薬食同源とは「日常的に体に良い食材を食べていれば自然に健康を維持できるため、特に薬などを必要とすることはない」という考え方です。
近年、犬や猫の平均寿命が伸びている要因の一つに、良質で栄養バランスの良いペットフードの普及が挙げられています。私たち人間にとっても一緒に暮らすワンちゃんや猫ちゃんにとっても、医食同源の考え方は、日常の健康管理に共通した考え方だと言えるでしょう。
今回は、食物を口に入れてから排泄するまでの消化の仕組みについて、人と犬と猫の共通点や相違点を整理することで、ワンちゃんや猫ちゃんの栄養管理と健康チェックのポイントを見直してみたいと思います。
食べ物を消化する仕組み
私たち動物は、食べたものを消化し体に吸収することで、生きていくためのエネルギーを得たり、寿命を迎えた細胞の修復を行ったりしています。そして消化吸収の過程で生じた不要物や、消化できなかった食べ物の残りかすを、便や尿として体外に排出します。
この仕組みは、人も犬も猫もだいたい同じです。ただし、人と犬と猫は、食性が異なります。人は雑食性、犬は半肉食性、そして猫は真性肉食性です。この食性の違いが、体の作りや消化吸収の仕組みの細かいところに違いを生み出しています。
この違いをきちんと知っておくことで、人は人として、犬は犬として、そして猫は猫としての健康を維持することができるのです。今回は、基本となる消化の仕組みと、意識しておくべき人と犬と猫の違いについて、お話したいと思います。
食事〜排泄までの流れ
消化とは、たくさんの分子がつながってできている食物を最小限の小さい状態に分解することです。具体的には、炭水化物を単糖類、タンパク質をアミノ酸、脂質を脂肪酸とモノグリセリドに分解します。この分解された栄養素が体内に吸収され、エネルギー源になったり新しいタンパク質に再合成されたりするのです。
まずは、食物を口に入れてから排泄するまでの人の消化吸収の流れを、順を追って整理してみます。
<口腔>
①咀嚼
口に入れた食べ物を、歯や顎を使って噛み砕き唾液と混ざり合わせることで、消化管内を通りやすい状態にします。また唾液には、殺菌性のあるリゾチームやデンプンを二糖類のマルトース(麦芽糖)に分解するアミラーゼが含まれています。
②嚥下
咀嚼した食物が飲み込めるくらいの大きさになると、意識的に飲み込みます。飲み込むという動作により嚥下反射が起こり、食物が鼻腔や気道に入らないように、喉頭蓋と軟口蓋という弁が閉じます。
<食道>
嚥下された食物は食道に入ります。食道は蠕動運動をして、食物を胃まで送ります。食道に挟まくなっている部分が3箇所あり、これが飲み込んだ食物を逆流しないように防いでいます。
<胃>
胃では、飲み込んだ食物を小腸で本格的に消化吸収するための準備を行います。具体的には、飲み込んだ食物の貯蔵、殺菌と消化です。
食物が胃に近づいてきた刺激により胃の入り口(噴門)が開き、食物が胃に入った刺激で胃の粘膜から胃液が分泌され、胃が蠕動運動を起こします。これにより、胃液と食物が混ざり合い、撹拌されて粥のような状態になります。これが、胃で行われる消化です。
胃液の主な成分は胃酸、ペプシノーゲン、粘液の3つです。強酸性の胃酸は消化中の食物を殺菌し、腐敗を防ぎます。ペプシノーゲンは胃酸と混ざることでペプシンという消化酵素に変化し、タンパク質をポリペプチドに分解します。粘液は、胃粘膜の表面を覆って胃の粘膜を強酸性の胃酸から守ります。
粥状になった食物は、小腸で消化吸収されやすいように、胃の出口(幽門)から少しずつ十二指腸へと送り出されます。
<肝臓・胆嚢・膵臓>
肝臓は胆汁を生成し、その胆汁を胆嚢がためておき、必要に応じて十二指腸に排出します。
膵臓は膵液を生成し、十二指腸に排出します。
<十二指腸(小腸)>
胃から出た食物は、胆汁と膵液が排出される十二指腸に移動します。
胆汁は脂肪を乳化させ、水に溶けない脂肪を消化できる形に変えます。
膵液にはさまざまな消化酵素が含まれており、炭水化物、タンパク質、そして胆汁で乳化された脂質を、最小の状態に分解します。
<空腸・回腸(小腸)>
十二指腸の次に、空腸、回腸と呼ばれる小腸が続き、分節運動と振子運動によって食物を混ぜ合せながら、蠕動運動によって大腸へと運びます。腸壁は輪状のひだや絨毛、さらに微絨毛といった構造によって見かけより遥かに広い粘膜を作り出し、消化された栄養素やビタミン、ミネラル、水を吸収します。
<結腸・直腸(大腸)>
小腸で消化され吸収された食物の残りかすは、大腸である結腸に到達すると、水分が吸収され便になります。
便は直腸に移動し、そこに溜められます。ある程度の量になると脳にその情報が送られ、便意が生じます。万が一排便できる状況にない場合は、意識することで外肛門括約筋を閉じ、便意を我慢することができます。
<排泄物>
消化や吸収の機能に問題がない場合、便の約75%は水分で、残りは食物の残りかす、腸内細菌、腸壁から剥がれた細胞がそれぞれ1/3ずつといった状態になります。万が一水分が75%より多くなると、下痢と呼ばれる状態になります。消化液の分泌量や消化管からの出血の有無などにより便の色が変わり、消化の状態によりニオイが変わったりします。
人と犬と猫の違い
ここからは、消化や吸収の仕組みに関する人と犬と猫の違いについて見ていきましょう。
<食性>
日常的に摂取する食物の種類や摂取方法から見た動物の習性のことを食性と言います。食性には、草食性、肉食性、雑食性、腐食性、少食性、多食性、単食性などがあります。
この分類で分けると、人は雑食性、犬は半肉食性、猫は真性肉食性です。
人の祖先は樹上で果実などの植物を食べていた草食性の動物でしたが、約250万年前の地球の寒冷化を機に、動物性の食物も食べるようになったと考えられています。
犬はもともと肉食性でしたが、人との暮らしの中で、植物性の食物も摂取できるように進化し、半肉食性と言われるようになりました。
猫はもともとの食性をそのまま継続しているため、犬と比較して真性肉食性と言われています。
<口腔の形態>
植物性と動物性の双方の食物を食べるため、人の歯は臼歯が発達し、顎を左右に動かして植物性の食物をすりつぶして食べることに適しています。一方、犬や猫の歯は犬歯が発達し、肉を引きちぎってほぼ丸呑みするような食べ方に適しています。
また人の唾液にはデンプンを分解するアミラーゼが含まれていますが、犬や猫の唾液には含まれていないというのも、食性の違いからくる特徴です。
<腸内細菌>
人の消化管は約9m、犬は約3.5m、猫は約2m、牛は約50mあります。体長が違うため単純に比較はできませんが、草食動物である牛の消化管の長さは群を抜いています。草食動物の消化管が長いのには、理由があります。それは、植物の細胞はセルロースという消化しづらい成分でできている細胞壁に守られているからです。そのため、草食動物は長い消化管の中にとてもたくさんの腸内細菌を共生させて、食物を細菌発酵させることで消化を促しているのです。
腸の内容物1g当たりに含まれている腸内細菌の数は、犬や猫が約1万個であるのに対して、人は約1000万個だと言われています。そのため、肉食性の動物に無理に植物性の食物をあげすぎてしまうと、お腹を壊しやすいので注意が必要です。
<栄養バランス>
人と犬、そして猫では、その食性の違いから必要としている栄養バランスが異なっています。市販の総合栄養食は、犬には犬の、猫には猫の食性に合わせた栄養バランスに仕上げています。人、犬、猫に必要な三大栄養素のバランスをグラフ化しました。半肉食性といっても、犬に必要な栄養バランスはかなり人間の栄養バランスに近いことが分かります。
もしワンちゃんと猫ちゃんを多頭飼育されている場合、ワンちゃんが猫ちゃんの、猫ちゃんがワンちゃんのご飯を食べてしまわないように、気をつけましょう。
<必須アミノ酸>
タンパク質を構成するアミノ酸の中には、食物から得た栄養を元に体内で合成できるものと、できないものがあります。できないものは、食物から直接摂取しなければならず、これを必須アミノ酸と言います。人と犬と猫の必須アミノ酸を、一覧表にまとめました。
犬と猫に共通している必須アミノ酸のアルギニンが不足すると、白内障や高アンモニウム血症が引き起こされ、特に猫で重症化する傾向があります。
猫の必須アミノ酸のタウリンが不足すると、心筋症や中心性網膜萎縮、免疫機能不全、成長遅延、繁殖機能低下といった影響が現れます。タウリンを含んでいる食物は、肉や魚などの動物性タンパク質です。
なおタウリンは、厳密に言うとアミノ酸ではありません。しかし、細胞内に遊離している遊離アミノ酸という扱いをされることがあるため、この表に載せました。
<必須脂肪酸>
脂肪を構成する脂肪酸にも、体内で合成できないため食物から直接摂取しなければならない必須脂肪酸があります。詳細は、下記の必須脂肪酸一覧表をご参照ください。
犬と猫の違いは、アラキドン酸の合成能力です。アラキドン酸には、免疫機能の調整、記憶力向上、血圧上昇の抑制などの効果があります。アラキドン酸も卵黄やレバーなどに多く含まれているため、やはり摂取するためには動物性の食物を摂取する必要があります。
<ビタミン>
ビタミンに関しても、いくつかの違いがあります。
①ビタミンC
人の祖先は突然変異により体内でビタミンCを合成する遺伝子が退化しましたが、ビタミンCを多く含む植物性の食物を摂取することで、欠乏症から身を守ることができます。犬や猫は体内で合成できるため、食事でビタミンCを意識する必要はありません。
②ビタミンA
人や犬は、緑黄色野菜に含まれているβカロテンからビタミンAを生成します。しかし猫はできません。そのため、猫はビタミンAを含む卵黄やレバーなどの動物性の食物を摂取する必要があります。
③ビタミンB12
人が植物性食品だけを食べていると、動物性食品に含まれるビタミンB12が不足することがあります。草食動物は胃の中の細菌が作るビタミンB12を利用できますが、この細菌は人の胃の中にはいません。そのため、人は動物性食品と植物性食品をバランスよく食べなければならないのです。
<排泄物は健康をチェックするための大切な指標>
ワンちゃんや猫ちゃんに元気で長生きしてもらうためには、それぞれの食性や消化の仕組みに適した栄養の食事を食べさせることがとても大切です。そして、食べたものを消化し、吸収した結果排泄される便を確認することで、ワンちゃんや猫ちゃんの体調の変化をいち早く察知することができます。
排尿や排便の回数、1回あたりの量、色、ニオイ、硬さ、内容物(虫や異物の混入の有無等)を日常的にチェックしておくことで、目に見えない消化器系の異変に早く気付けるはずです。定期的な健康診断と共に、ご家庭での日々の排泄物チェックを続けましょう。
ポイント
ポイント
・人は雑食性、犬は半肉食性、猫は真性肉食性で、この食性の違いが消化の仕組みにいくつかの違いを生んでいます。
・植物性の食物は消化しづらい成分が多いため、腸内に豊富な細菌叢を抱えることで、時間をかけて細菌発酵して消化します。そのため、肉食動物は植物を上手く消化できずにお腹を壊すことがあります。
・平均的な食事の三大栄養素のバランスは、食性により異なります。犬は人の割合とよく似ていますが、やはりタンパク質は人よりも多く摂る必要があります。
・犬にキャットフードを、猫にドッグフードを与え続けると、健康を害する危険が高いため気をつけましょう。
・人も犬も猫も、日常的に便の回数、量、状態などをチェックすることで、消化器系の異変にいち早く気付くことができます。
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