震えるのは何のため?
震えの種類
こんにちは、横須賀市にある「つだ動物病院」院長の津田航です。
私たち人間や、一緒に暮らしているワンちゃん、猫ちゃんの身近な症状の一つに「震え」があります。「震え」のことを、医学用語では「振戦」と言い、震えが起きる時の筋肉の状態や、震えが起きる原因によって分類することが多いです。
分かりやすいのは、震えが起きる原因による分類でしょう。この分類では、誰にでもある程度震えが起きる正常な「生理的振戦」、遺伝性の病気で他の症状は殆ど現れない「本態性振戦」、小脳の損傷が原因となって起きる「小脳性振戦」、病気や薬が原因となって震えが起きる「二次性振戦」、心理的な要因によって震えが起きる「心因性振戦」があります。
人間の場合、大抵の震えは「生理的振戦」といわれている正常な震えです。そして、次によく目にするのが高齢者の震えでしょう。高齢者の場合、震えの原因は加齢だからと諦めてしまって受診されない方も多いようですが、加齢だけではなく、本態性振戦の悪化、薬剤の副作用などさまざまな原因があり得ますので、きちんと受診をして原因を究明し、場合によっては症状軽減のためのアドバイスを受けるべきだと言えるでしょう。
それでは、ワンちゃんや猫ちゃんによく見られる震えについて、どういう物があるのかを見ていきましょう。
生理現象による自然な震え
まずはワンちゃんや猫ちゃんの生理的振戦、つまり生理現象として生じる問題のない震えをご紹介します。
<体温調節機能としての震え>
最も分かりやすい震えが、寒さによる震えでしょう。ワンちゃんや猫ちゃんだけではなく、人間の私たちも、寒いと自然に体が震えます。しかし、寒さをしのげた後は自然と震えが収まります。
これは外気温の低下を感じた脳の視床下部が全身の筋肉に指令を出すことで生じる震えで、目的は熱を産生して体温を維持するためのものです。ですから、目的が達成されると震えも自然に収まるのです。
<心因性振戦>
飼い主様にも、大切なプレゼンテーションや習い事の発表会など、ここ一番というシーンで緊張して震えたという経験をお持ちなのではないでしょうか。同じように、ワンちゃんや猫ちゃんも、緊張やストレスが引き金となって震えることがあります。
ワンちゃんや猫ちゃんは、恐怖や不安からくる緊張の他、嬉しいといったポジティブな興奮でも震えを起こすことがあります。この場合の震えも、ストレスの原因が無くなることで自然に震えが収まる、問題のない震えです。
<筋力低下による震え>
人間も高齢期に入ると震えが生じることがあります。前述の通り、さまざまな原因が考えられますが、加齢による筋力低下が原因のことがあります。シニア期に入ったワンちゃんや猫ちゃんも、筋力の低下が原因で、立ち上がる時や歩く際に震えやよろけが起きることがあります。特にワンちゃんや猫ちゃんの場合は、後ろ脚から弱ってきます。シニア期に入り後ろ脚に震えが出始めた場合は、筋力の低下が原因かもしれません。
もちろんワンちゃんや猫ちゃんの場合も、必ずしも筋力の低下だけが原因とは限りません。病気や薬の副作用などの原因も考えられますので、まずは動物病院で相談してください。
<その他>
ワンちゃんや猫ちゃんは、目を覚ました直後など、これから行動を開始しようというタイミングでよく伸びをします。その際に、伸ばした前脚やお尻などを小刻みに震わすことがあります。これは、一定の時間同じ姿勢をしていて固まった筋肉をほぐすための動作で、この場合の震えも生理的振戦の一種だと考えて良いでしょう。
また激しい運動をした場合、疲労により筋肉が細かく痙攣することがあります。これも特段心配する必要のない震えだと考えて構わないでしょう。
病気が原因の犬猫の震え
次に、病気や薬などが原因となって起こる震え、つまりワンちゃんや猫ちゃんの二次性振戦についてご紹介します。
<中毒>
体内に取り込んだ物質が持っている毒性により、身体の機能に障害が生じることを中毒と言います。中毒を起こす物質には、食物や薬剤、細菌などさまざまなものがあります。特にワンちゃんや猫ちゃんの場合は、人間にとって良く食べられている身近な食材や飼い主様用の薬剤などで中毒を起こすことが多いため、これらの管理がとても大切になります。
ワンちゃんや猫ちゃんに対して毒性を持っている身近な食材や薬剤には、チョコレート、キシリトール、カフェイン、アルコール、ニコチン、マカデミアナッツ、人間用の痛み止めや解熱剤、殺虫剤などがあります。
これらを誤って食べてしまうと、ワンちゃんや猫ちゃんの腎臓や肝臓などの機能に障害が出て、尿毒症、肝性脳症、低血糖といった状態を引き起こし、震えの症状が出ます。
<代謝性の病気>
代謝に異常をきたす病気が、震えの症状の原因となっている場合もあります。
①腎臓の機能低下を引き起こす病気
急性腎不全、慢性腎不全、中毒などで腎臓の機能が低下すると、排出されるべき老廃物や毒素が身体から排出されずに、尿毒症という全身症状を引き起こします。尿毒症の症状には、震え、食欲の低下、元気の消失、口臭悪化、脱水症状、嘔吐、下痢などがあります。
②肝臓の機能低下を引き起こす病気
肝機能障害、肝炎などにより肝機能が大幅に低下した状態になると、肝性脳症が起きて震えが生じることがあります。肝性脳症とは、肝臓がアンモニアなどの代謝物や毒性のある物質を解毒できず、その毒物が脳に影響を与えて神経系統に障害をきたす症状です。震え、嘔吐、よだれ、ふらつき、元気消失、徘徊や旋回などの異常行動、昏睡、意識障害などの症状が現れます。
③低血糖
血液中の糖分濃度が著しく下がった状態を、低血糖と言います。子犬や子猫の空腹状態の長期化、糖尿病治療におけるインスリンの過剰投与、キシリトールの誤食、インスリノーマなどのインスリンを産生する腫瘍、肝機能低下による糖の産生低下、副腎皮質機能低下症などのホルモン疾患などにより生じます。震え、元気の消失、ふらつき、ぐったりするといった症状が現れます。
④低カルシウム血症
体内にあるカルシウムの殆どは骨に蓄えられていますが、一部のカルシウムは血液の中に含まれています。その血液中のカルシウム量が減少しすぎると、低カルシウム血症を引き起こします。原因となるのは、ホルモンの病気、中毒、出産時の乳汁へのカルシウムの過剰な移動などです。
低カルシウム血症の状態が長く継続すると、皮膚が乾燥して大量のフケが出、爪がもろくなり、被毛が粗くなります。また背中や足の筋肉に強い痛みを伴うけいれんが出ます。脳に影響が及ぶと、錯乱、記憶障害、せん妄、抑うつといった精神症状、神経症状が生じます。
<脳や神経の病気>
脳や神経の病気が、震えの症状の原因となっている場合もあります。
①てんかん
けいれん発作を複数回繰り返すのがてんかんです。脳腫瘍や脳炎などが原因になっている場合もありますが、MRI検査や脳脊髄液を検査しても異常が認められない原因不明の特発性てんかんもあり、この場合はけいれん発作以外の症状が見られないのが特徴です。
てんかん発作と聞くと、全身を突っ張るようにして倒れ込み、全身をガタガタとけいれんさせる全身発作を思い浮かべる飼い主様が多いと思いますが、身体の一部だけがピクピクと震えるようにけいれんする焦点発作という症状もあります。
②水頭症
脳室という空間に脳脊髄液が過剰に溜まってしまう病気で、これが原因で脳に大きな圧力がかかり、神経症状を引き起こします。先天性と後天性がありますが、先天性の水頭症はチワワなどの小型犬に多くみられます。ボーッとする、元気がない、睡眠時間が多いといった症状が見られ、進行すると震え、けいれん、歩行障害といった症状も現れてきます。
③小脳疾患
脳の中でも、小脳は姿勢の保持、歩行の調節、平衡感覚の調節といった機能の中枢を担っています。そのため、病気やケガなどにより小脳の機能が損なわれると、震えの他、ふらつき、運動失調、けいれん発作などが起きることがあります。
<痛み>
痛みが原因で震えの症状が現れることもあります。
①椎間板ヘルニア
脊椎を構成する椎骨と椎骨の間でクッションの役割を果たしている椎間板が変形して飛び出すことで、神経の束である脊髄を圧迫するために痛みを生じる病気です。病気の程度によりますが、触ると痛がる、震える、歩こうとしないといった症状が見られ、進行すると歩けなくなったり排尿障害を起こしたりする場合もあります。
②膵炎
膵液が何らかの原因により活性化してしまい、膵臓が強い炎症を起こす病気が膵炎です。腹部に痛みが生じるため、震えや触られるのを嫌がるようになり、嘔吐、下痢、脱水、食欲不振といった症状もみられます。重症化すると、ショック状態や呼吸困難、凝固障害を引き起こして命に関わる場合もあります。
<感染症による発熱>
病原体が体内に侵入すると、体内での増殖を抑えたり免疫細胞を活性化させたりするために、身体は自然と体温を高くしようとして発熱します。この時に、筋肉を震わせることがあります。そのため、発熱すると震えの症状がみられます。
受診すべき症状と予防策
ワンちゃんや猫ちゃんが起こす震えについて、生理現象による問題のないものと、病気などが原因になっているものをご紹介してきました。寒さやストレスなどの生理的な震えの原因となる要素がない場合で震えている場合や、震え以外に他の症状も見られる場合、またある時から突然始まり症状が繰り返されているといった場合などは、すぐに動物病院に連れて来てください。
また、ワンちゃんや猫ちゃんが突然震えだすと飼い主様は慌ててしまうかもしれませんが、震えが始まった前後の状況やその時の様子、直前に口にしたものなどを確認し、整理して受診していただけると、迅速な診断に役立ちます。震えている様子をスマホで動画撮影して見せていただけるのも助かります。
ご家庭でできる予防策としては、下記が挙げられます。
<中毒に対する予防策>
有毒性のある食べ物などは、ワンちゃんや猫ちゃんの手の届かない場所に保管し、テーブルの上などに置いたまま目を離さないことです。
<各種の病気の予防策>
ワンちゃんや猫ちゃんの年齢や健康状態に適した栄養管理、適切な運動と共に、定期的に健康診断を受診させてください。特にシニア期に入ったワンちゃんや猫ちゃんは、年に2回以上の健康診断が理想的です。
<痛みに対する予防策>
ワンちゃんや猫ちゃんの生活環境を見直し、痛みを起こす要因を減らしてあげてください。具体的には、できるだけ段差をなくす、フローリングなどの滑りやすい床には滑り止めとなるラグやカーペットなどを敷く、適正な体重を維持するといったことが予防策になります。
ポイント
ポイント
・震えが起きる状況や原因には様々な要素があります。
・生理現象として生じ、その原因がなくなると収まる震えは特に問題ありません。
・震えの原因となる病気には、中毒、代謝に異常をきたす病気、脳・神経系の病気、痛みを伴う病気、感染症などが挙げられます。
・震えを伴う病気の予防策としては、中毒性のある食材や物質の管理による誤食防止、適切な栄養管理、運動管理、定期的な健康診断の受診、体重管理、生活環境の見直しなどが挙げられます。