高齢の猫に多い甲状腺機能亢進症
高齢猫に多い病気
こんにちは、横須賀市にある「つだ動物病院」院長の津田航です。
猫に多い病気というと、真っ先に思い浮かぶのは慢性腎臓病ではないでしょうか。高齢猫の実に35%は慢性腎臓病だともいわれています。慢性腎臓病と同じく高齢の猫に多くみられるのが、甲状腺機能亢進症です。12〜13歳の高齢猫でよく見られ、日本でも7歳以上の猫の10%以上が甲状腺機能亢進症だろうといわれています。
甲状腺は甲状軟骨(のどぼとけ)のすぐ下にあり、気管の左右に一対ある小さな器官で、羽を広げた蝶のような形をしています。甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンは、血流に乗って全身の細胞に働きかけ、新陳代謝を活発にします。この甲状腺ホルモンが過剰に分泌されて起こる病気が、甲状腺機能亢進症です。
この病気は、毎日一緒に暮らしている飼い主様にもなかなか気付かれにくく、さらに腎臓病を併発している場合はその症状を隠してしまうという厄介な病気です。しかし、早い段階でみつけてきちんと治療を続けられれば、この病気が死因になるというようなことはありません。
早期発見と継続的な甲状腺ホルモン分泌量のコントロールができれば、決して怖い病気ではないのです。今回は、この甲状腺機能亢進症についてお話します。
原因と症状
甲状腺から過剰にホルモンを分泌する原因には、甲状腺過形成や甲状腺腫瘍、甲状腺がんなどがあります。過形成とは、組織の細胞が一定の数よりもたくさん増殖することをいいます。
ただし猫の場合、一般的には甲状腺過形成や甲状腺腫瘍が原因となることが多く、甲状腺がんの割合は2〜3%です。いずれにしろ甲状腺が大きくなるため、場合によっては外見からも肥大した甲状腺を確認できることがあります。
甲状腺機能亢進症の症状にはさまざまなものがありますが、代表的な症状を挙げると下記になります。
・活動的で落ち着きがなくなる
・攻撃的になったり大きな声で鳴くようになったりすることもある
・食欲増加(初期段階)
・体重減少
・多飲多尿
・嘔吐、下痢
・目がギラつく
・脱毛、毛艶の悪化
・血圧が高くなる
・頻脈、心雑音、心肥大
・呼吸が速くなる
・食欲低下
初期段階で見られる特徴的な症状が、「よく食べるのに体重が減ってくる」というものです。また活動性も増すため、一見すると「うちの子は歳をとったのに元気だ!」と思われがちです。高齢な猫に多い病気なので、痩せることについては「歳をとったのだから仕方ない」と思ってしまわれるようです。
しかしこの病気で体重が減るのは、決して歳のせいではありません。甲状腺ホルモンが過剰に分泌され必要以上に新陳代謝をしてしまうために、筋肉が分解されているのです。特にダイエットをさせているわけでもないのに、5%以上体重が減少した場合は、甲状腺機能亢進症を疑っても良いでしょう。体重3kgの猫なら、150g減っただけでも5%の体重減少です。
また、見かけ上は活動的で元気なように見えますが、当の猫ちゃんは代謝が活発化しているため、とても疲れてつらい状態です。「元気でよく食べていれば健康」という考え方では、猫ちゃんのつらさに気付いてあげられないということを知ってあげましょう。
気付かずに放置してしまうと病状はどんどん進行し、悲惨な末期症状を引き起こすかもしれません。そういった悲劇を生まないためにも、7歳以上の猫ちゃんには、年に2回以上の定期的な健康診断を行うことをおすすめします。
診断と治療
<甲状腺機能亢進症の診断>
主に触診と血液検査を行います。触診は、甲状腺の肥大状態の確認です。そして血液検査では、血中の甲状腺ホルモンの濃度を測定します。甲状腺ホルモンにはサイロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)の2種類がありますが、猫の場合はT4の濃度を測定します。通常T4が血液1dlあたり5.0μgより多ければ、甲状腺機能亢進症と診断します。
<治療:①食事療法>
甲状腺ホルモンの合成に必要なヨウ素を抑えた、甲状腺機能亢進症用の療法食があります。軽度の場合は食事療法だけでうまくコントロールできる可能性もありますが、「療法食以外の食事やおやつを一切与えてはいけない。飲み物も水だけ。」という制約があること、また猫ちゃんが食べてくれないことも多いため、投薬治療の補助的な治療とするケースが多いです。
<治療:②投薬治療>
甲状腺ホルモンの合成を抑える薬(錠剤)があります。この薬を飲むことでホルモン分泌量をコントロールする治療法です。ただし、甲状腺を正常な状態に戻すことはできないため、この薬は生涯飲み続ける必要があります。また、18%の猫に食欲不振、嘔吐、下痢、皮膚炎、血小板の減少などの副作用がみられることが分かっています。甲状腺ホルモンの分泌量を上手くコントロールできているかどうかを確認するため、定期的に血液検査でT4の濃度を測定する必要もあります。
現状の甲状腺ホルモン機能亢進症の薬はとても苦いため、飲ませるのが難しいという飼い主様も多いです。また、治療を進めることで猫ちゃん本来の活動性や食欲に戻ってくるため、かえって具合が悪くなったような気がしてしまう飼い主様もおられます。しかし、元気そうに見えて、猫ちゃんはつらい思いをしている病気だということを思い出してください。
上手な薬の飲ませ方についても、ご相談いただければ獣医師や動物看護師が丁寧にご説明しますので、諦めずに治療を続けましょう。
<治療:③手術による甲状腺の切除>
手術による甲状腺の切除を行う場合もあります。病態により、片側だけの場合と両側を切除する場合があります。左右両側の甲状腺を切除した場合は、生涯に渡り甲状腺ホルモン薬の投与が必要になります。
高齢猫の場合は手術時の麻酔のリスクも高いため、通常は投薬治療を行い、薬ではコントロールできない場合の治療法として選択することが多いです。
他の疾患との関係性
甲状腺機能亢進症は、初期症状が一見健康そうに見えてしまうためなかなか気付かれないという厄介な病気なのですが、もう一つ厄介な面があります。それは、他の疾患との関係です。
<腎臓病との関係性>
甲状腺機能亢進症の症状の中に「血圧が高くなる」というものがありました。実は、血圧が高くなることで、検査をしても腎臓病であることが分かりづらくなってしまうのです。腎臓は、血液を濾すことで尿に毒物や老廃物を排出します。腎臓病はその機能が低下して、血液から老廃物などを排出できなくなります。
しかし、血圧が高くなることで血液の濾過が進み、一見すると腎臓が機能しているように見えてしまうのです。そのため、甲状腺機能亢進症の治療を開始すると、急に腎臓病の症状が出てきたように見えることがあります。
それなら甲状腺機能亢進症の治療をしない方が良いのではないかと思われるかもしれませんが、それは違います。甲状腺機能亢進症によって引き起こされた高血圧症は、腎臓に掛かる負荷を必要以上に高め、腎臓を酷使している状態です。そのためその時は良く見えても、長い目で見ると腎臓病の悪化を早めてしまうのです。
<肥大型心筋症との関係性>
肥大型心筋症も、猫に多い病気の一つです。心臓の筋肉(心筋)が分厚くなってしまい、心臓の内腔が狭くなることで心不全を引き起こします。また不整脈が起きやすくなるため、突然死の原因にもなる病気です。
甲状腺機能亢進症が肥大型心筋症を引き出す病気だということが知られていますが、その場合はそれほど重度の心肥大を引き起こすことはありません。ただし、肥大型心筋症を既に患っている猫が甲状腺機能亢進症を併発してしまうと、心筋の肥大が重度になるという報告があります。
いずれにしても、甲状腺機能亢進症の治療を始める前には、他の病気も隠れていないかどうかを検査し、他の病気との関係性にも注意しながら総合的に治療を進めていく必要があることを知っておいてください。
ポイント
ポイント
・7歳以上の猫の10%以上が甲状腺機能亢進症だろうといわれている
・早期発見と継続的な治療でうまくコントロールができれば怖い病気ではない
・高齢の猫で「活動的でよく食べる。でも体重が減ってきた」場合は要注意
・投薬治療は生涯継続する必要がある
・苦い錠剤の飲ませ方も病院スタッフが丁寧に説明するので諦めないで!
・慢性腎臓病や肥大型心筋症などを併発している場合は総合的な治療が必要
・7歳以上の高齢猫には年に2回以上の定期的な健康診断をおすすめします