犬の僧帽弁閉鎖不全症と外科的治療の可能性

犬猫の病気や症状

 

こんにちは、横須賀市にある「つだ動物病院」院長の津田航です。

 

犬で最も多い心臓病は僧帽弁閉鎖不全症で、犬における心臓病の75〜80%を占めるといわれています。実際に当院でも、一番多い心臓病が犬の僧帽弁閉鎖不全症です。僧帽弁閉鎖不全症の様な後天性の弁膜症は、猫にはあまりみられません。

 

人の僧帽弁閉鎖不全症は外科的治療(手術)を行うのが一般的なのですが、手術には人工心肺装置が必要であるといったこともあり、獣医療の世界では内科的治療が一般的でした。しかし、徐々にではありますが、国内でも人工心肺装置を装着して心臓を開く必要のある手術(開心術)ができる病院も増えてきています。

 

今回は、犬の僧帽弁閉鎖不全症における外科的治療の可能性についてお話ししたいと思います。

 

※当院HP診療科目-循環器科のへのリンク<https://tsuda-vet.com/junkan/>

 

 

まず、簡単に病気の概要を説明しましょう。

 

心臓は、身体を一巡して酸素の量が少なくなった血液を肺に送り、肺でガス交換されて豊富な酸素を含んだ血液をまた全身に届ける、ポンプの様な役割をしている器官です。心臓の中は左心房、左心室と右心房、右心室の4つに区切られています。僧帽弁とは、左心房と左心室を仕切る位置にあり、「弁尖(べんせん)」とその向かい側の左心室の壁にある「乳頭筋」、そしてこの2つを繋ぐ複数本の「腱索」という糸状の腱から構成されています。

 

僧帽弁が正常な状態の時には、左心室が動く時に腱索が弁尖を引っ張る事で僧帽弁が開いて肺静脈から左心房に入った酸素の豊富な血液を左心室へ流し、僧帽弁が閉じる事で逆流しない様にコントロールします。左心室へ流れた血液は、力強く大動脈へと送り出され、全身へと運ばれます。

 

しかし、腱索が伸びたり切れたりし、さらに弁尖が分厚く大きくなることで、弁尖の動きをきちんとコントロールできなくなり、左心室から左心房へ血液が逆流してしまい、溜まった血液で左心房が拡張してしまうのが、僧帽弁閉鎖不全症です。左心房が拡張することで、2枚の弁尖は離れてしまい、ぴったりと閉じることができなくなりますので、さらに症状が悪化していきます。

 

僧帽弁閉鎖不全症の直接的な原因は分かっていませんが、弁尖の粘液腫様変性が主な原因だと考えられています。この変性は主に加齢により起きますが、必ずしも高齢な犬にだけ発症するとは限りません。

 

国内では、キャバリア、チワワ、マルチーズ、シーズーに好発の傾向がみられます。発症しても初期の頃には症状は現れず、進行すると咳、ふらつき、早くて荒い呼吸、舌の色が青紫や白っぽく変色するチアノーゼ、失神するといった症状が現れ、基本的には進行していく病気です。また、1回の心拍で全身に供給される血液量が少なくなりますので、心臓は新鮮な血液を必要な量だけ送り出そうとして、心拍数が上昇します。

 

なお、僧帽弁閉鎖不全症には、有効な予防法がありません。好発年齢(10歳前後)や好発犬種には、定期的な健康診断を受診させ、早期に発見して対処することしか手がありません。

 

 

僧帽弁閉鎖不全症には、アメリカ獣医内科学学会が定めた重症度のガイドラインがありますので、それに沿って一般的な治療法をご紹介します。

 

[ステージA]

罹患していないが、発症リスクが高い犬種である(前述の好発犬種等)

→治療の必要なし

 

[ステージB1]

罹患はしているが、心拡大は認められない(臨床症状がない)

→治療の必要なし

 

[ステージB2]

罹患しており、心拡大が認められる(臨床症状がある)

→初期のうちは緩めの降圧剤から始め、3ヶ月毎の定期検査を行う。状況や症状に合わせて強心剤を加えていく。予後は長期生存の可能性あり。ただし、急速に病態が進行する可能性もあり。

 

[ステージC]

肺水腫が存在する(心不全)

→強心剤の内服による中央生存期間は279日で、1年生存率は約40%。また、肺水腫の緊急治療として利尿剤を投与する。

 

[ステージD]

標準的な内科治療には反応しない末期の心不全。肺水腫を繰り返し、コントロールが困難

→投薬による心不全の管理は困難であり、長期予後を望める状況にない。

 

僧帽弁閉鎖不全症の内科的治療で最も難しいのが、下記の点です。

(a) 心不全(肺水腫)の治療

利尿剤の投与が必要で、病気の進行に伴い利尿剤の種類や服用する量も増えていく。

しかし、利尿剤は腎臓への負担が大きく、腎機能の低下(腎不全)を招く。

 

(b) 腎不全の治療

(a)により機能が低下した腎機能の悪化を抑えるためには利尿剤の休薬と輸液が必要。

しかし、これらは心臓に負担をかける。

 

つまり、僧帽弁閉鎖不全症のステージが進めば進むほど、(a)と(b)の狭間に陥ってしまうのです。

 

 

しかし、僧帽弁形成術による手術を行うことで、治療が可能です。手術の大まかな流れを簡単にご紹介します。

 

(1) 全身吸入麻酔実施

(2) 人工心肺装置による体外循環開始

(3) 開心術により僧帽弁形成術の実施

・伸張、断裂した腱索を、非吸収性の心臓血管外科手術用の糸により再建する

・拡張した左心房の周囲を半周分縫い縮める事で元の大きさに戻す

(4) 体外循環からの離脱

(5) 開腹した傷口の縫合

(6) 人工呼吸器からの離脱

(7) ICU管理:約1週間の入院により疼痛管理、尿量モニター、バイタルチェック、各種検査等を実施

 

病院の設備や執刀医にもよりますが、手術時間は6〜7時間程度で、その内本当に心臓が停止している時間は1時間程度です。手術には、執刀医、助手、器具出し、麻酔医の他に、人工心肺装置を操作する技師も必要になります。

 

また術後も、抜糸の他に頻繁な検診も必要になります。

 

手術の成功率は約90%という報告があり、そこでは重症度のステージによる成功率の差も認められていないとのことです。そのため、ステージDであっても患犬の状態によっては手術を治療法として選択することは可能です。

 

ただし、当然ですがリスクや合併症も存在しています。人工心肺装置の装着中は、血が固まりませんので、手術中に出血すると惨事を引き起こします。また、手術中の低血圧もあり得ます。合併症には血栓症、腎機能障害や、免疫力が低下するため術後の肺炎等の感染にも注意が必要です。輸血による副反応リスクもあります。率直に言えば、術中に命を落とすリスクもあるのです。

 

また、開心術の技術を持っている獣医師や特殊な装置とそのための技師も必要になるため、実際に手術を実施できる病院は、まだ少数に限られています。費用もかなり高額になります。それでも、効果の高い治療を期待できます。

 

 

必要な費用やリスクを考えると、二の足を踏んでしまうのは当然のことだと思います。しかし、心不全によって引き起こされる肺水腫は、愛犬にとっても非常に苦しくて辛い状況であり、その苦しみから解放され得る唯一の治療法が僧帽弁形成術という手術であることも事実です。

 

僧帽弁閉鎖不全症の治療方法については、患畜である犬の状態やご家庭の事情も含め、総合的な視点からの検討が必要です。愛犬がこの病気であると診断された場合は、ぜひ、かかりつけの獣医師とよく相談なさってください。

 

当院も、飼い主様とじっくりと相談させて頂き、可能な治療法をご提案致します。外科的治療をご希望の飼い主様には、手術可能な設備を有している、実績のある病院をご紹介致します。

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